ベンチュラーウォーカー
昭和探偵団 その8 コロナGT-TR2014年7月2日
高校時代 ソアラとコロナGT-TRとポルシェ924に憧れ続けていました。
とくに コロナなら何とか乗れそうだし 現実味があり親近感があった。
その上 硬派バリバリのツインカムターボに ほれ込んでいたんです。
デスラー艦に似ててかっこよかった 似てないかな?
高校時代 東灘区に本山交通公園がありました 今は小寄公園
ここは 昔 小さな自動車教習所の施設があり お金を払えば実際の車の運転が出来たのです
高校3年の時 もう少しで あこがれのカーライセンスが取得できる!
と毎日車雑誌を見ながら 勉強もせずに車のことばかり考えていた僕は
もちろん練習に行きました。
運営は神戸市で 警察のOBの方が丁寧に教えてくれたのです。
「君 結構うまいね なかなかだわ」
とほめられた事を覚えています。
それは 今だから言えますが
オカンの5MTの車を 夜 勝手に町内で乗って練習していたのです。
おやじはATだったので興味なし
信号まで恐くて行けなかったのですが 芦屋市伊勢町付近は車通りが極端に少ないので
安全?? でした。
ついに おかんとオヤジに勝手に乗っていたこと が ばれたのですが
なぜか そんなに怒られなかった ??
「がまんしろ 大学行ったら好きなだけ乗れる もう乗るなよ」
だけで終わった
さあ 大学生になったら免許取るぞ! と意気込んでいたのですが
受験は希望校に届かず 合格した大学には行かない事になり
3月の始めに三宮の予備校の試験を受けに行く事に
さあ1年やり直しだと 三宮の町を歩き阪神電車に乗った途端
やはり どうしても車の免許が取りたくて仕方が無くなり
合格した学部は船舶工学だ 船のエンジンの授業もある
車といっしょだ
今騒がれている フラッシュサーフェイスやソアラのCD値が0.32など
は 流体力学であり 船の水に対しての抵抗と同じだ
車好きなら 浪人はやめて 合格した大学に通うべきだ
と自分を自分で納得させ 浪人はあっさりやめました
さあ 晴れて免許が取ることが出来る
人間考え方一つで人生は変わると勝手な事を言いながら
早速教習所に通い始めたのです
仮免許は教習所で取得して 今度は堂々と いやがるおかんを乗せて 練習しまくり
そして 教習所に行くのが面倒になり 明石の一発免許で念願のカーライセンスを取得したのです。
時は昭和61年8月11日
家に帰って早速 六甲に登り
ハーバーハイウエイで全開で走り
夜中に家に帰り
次の日から毎日車を乗り回し
静岡3往復 箱根や伊豆を走りまくり とにかく どこへでも休憩せずに突っ走りました
東京も行き
とにかく寝る間も惜しんで乗りまくりました。
学校が始まる9月の中旬まで
12000キロ 走破
1日約300キロ走った計算になる
1日600キロ以上乗る日が続いた
ドアポケットに入っている日本石油のカードでガソリンを入れまくった。
1ヵ月後 おかん が激怒していた
「あんた あほか! ガソリン代請求 20万円ぐらいきとる
あんたは ほんま どうしようもないな ほんまのあほか!」
そして 車人生が始まったのです
就職も車 今も車 ずーーーと車
車は面白い。